第1章 日常のはなし。
目の前で酒を両手で掴んだまま、真っ赤な顔で俺に笑いかける。
酒の入ったグラスを持つ両手は全然揺るがない癖に、首の動きはまるでおぼつかないらしくて、カクンと揺らしながらヘラヘラ笑っている。
「安室さん〜今何時ぃ?」
その普段の姿とは違う、緩い喋り方に少し動揺してしまう。
この人は社畜OLで、上司に頗る流され残業を押し付けられるタイプなのか、いつも気を張っているらしい。
これは、俺の前だから見せてくれる表情なのだろうか。
……それとも、ただ酒に酔ったからだろうか。
「もう3時です」
「ひるの〜?」
「なわけないでしょう………」
本当、明日が休日で良かったなあんた。
俺が答えると、「寝る…おやすみ〜…」とヘラッと笑い、寝室に行って行き成りふらりと倒れるさん。
それを抱き留め、きちんとベッドまで運ぶ。
これはいつも、俺が連続で徹夜した時に風見がしてくれる作業だ、と苦笑いしながらお酒を冷蔵庫に片す。
それにしても、この人の勘の良さは非常に厄介だ。
『バーボンに何かあるの?』と普通に聞いてきた時は流石の安室透でも普段の微笑みを守れなかった。
だが俺も、少し露骨過ぎただろうか。
あの組織のコードネームだとしても、あの人の口から俺の事が好きだと出て来るのは本当に嬉しくて、頬はかなり赤くなっただろうと自分でも自覚している程である。
さんが眠っている寝室に戻り、穏やかな寝顔を見つめながら、ふいにこの人が口に出した会話を思い出す。
___ベルツリー急行。
ベルモットが乗ると言っていた、あの最新鋭の豪華列車。
そして俺も、安室透として行く事になる。
俺が命の危険を考えて焦っているのも露知らず、この人は急行を楽しむんだろう。
危険な事が起こるとは予測しているのに、大切な人を巻き込んでしまう自分が情けない。
せめて貴女だけは、この手で守りたいものだ。
愛らしい滑らかな頬に手を滑らせ、少し幼い寝顔には似合わない、紫色の隈にそっと口付けた。
もう深い眠りに落ちている様で、なんの反応も示さない。
自分の不甲斐なさに、ため息が一つ零れる。
さんがぐっすりと眠るシングルベッドに、入ってくれと言わんばかりにぽかりと開いている大人一人がやっと入れるくらいの間隔。
……まあ、寝る所が無いんだから、不可抗力だよな。