第1章 日常のはなし。
「スープはまだ少しお待ち下さいね」
そう言いながら店主が差し出してくれた、オムレツとサラダが乗ったお皿を2つ受け取り、隣の男の前に置く。
少し表情が緩んだから、きっとお腹が減っていたんだろう。どうしよう小動物に見えてきた。全然危なくないよこの人。
さあさあ、と勧めてみると、スプーンを手に取り、息を吹きかけ冷ましてからゆっくりと口に運ぶ。
「どう?絶品じゃないですか?」
「………悪くない」
そう吐き捨てるように呟いた言葉。きっとこの男なりの褒め方なのだろう。
その言葉を聞いた店主は嬉しそうにニコニコしていたので、こっちも笑顔になった。
さて自分も、と出来立てで温かいオムレツを口に入れる。
「はっふ、」
「いつも冷ましてから食べる様にと言っているのに……」
どうも私は学習能力という物が人より低いらしく、ポアロでも良く冷まさずコーヒーを吹き出して安室透にぶっかけた記憶がある。(「寧ろご褒美です」と言われた)
必死で熱を逃がそうと口をパクパクさせる私の様子を、銀髪の男はじっと見ていた。馬鹿にするつもりだなお前。
「クッ……」
とついに吹き出したから睨みを効かせた。
その直後に殺気を込めて睨み返されたため一瞬で私のか弱い心は折れたけど。
前言撤回、この男バリバリの野生動物だ。
そんなこんなで食べ終えると、店主と男に挨拶してから会社に行く事にした。
「ごちそうさ……」
私の言葉が止まったのは、急に腕を引いたこの男のせいで。
身体のバランスが取れなくなり、ついフラッと机に寄りかかる。
「名前は?」
「です…」
有無を言わせない様な目線につい声がか細くなってしまう。
警察の取り調べってこんな感じなのだろうか。凄い圧迫感に押し潰されそう。
私の返答を聞いて、「俺はジンだ」と名乗ると、また口を開いて言った。
「ここにくれば、またお前……と会えるか?」
「平日の朝なら……?」
私がそう言うと、少し微笑んで頭を撫でる。
最初よりも随分柔らかくなったジンの雰囲気に少し驚いた。
「美味い朝食だった。また来る」
とマスターに呼びかけ、店の外に止めてあった黒塗りの車に乗り込んで去っていく。
…不思議な雰囲気の人だった。