第6章 君に触れて
「お乗りくださいませ、雅紀様」
マンションの入り口に横付けされた車には、ドアマンよろしく執事の生瀬がピッタリと張り付いていて
ベストタイミングで後部座席のドアを開けた
眉間に寄せた皺が、俺にお小言を言いたくてたまらないのを物語っている
「…ご執心も大概に、」
ほら、始まった。
車が発進されたと同時にこぼされたソレは“お小言”よりも“警告”と言った方がしっくり来る
「雅紀様には、」
「解ってる。ちゃんと解ってるよ、生瀬」
「……出過ぎた真似を。
スーツ一式を持ってきております。お着替え頂きましてから、最上階のレストランへお願い致します」
「あぁ」
時代錯誤もいいところだ
許嫁、なんて
10歳の頃に父親に連れられて行った高級料亭
そこには着物を着せられた小さな女の子と、その父親が座っていた
彼女が16歳になったら俺達は結婚するんだと言われて
まだ小さかった俺は、そういうもんなんだと漠然と思っていただけだった
年に何度か、ホテルの一室で彼女と二人きりで食事をする
そんな事をもう7年も続けてきた
だけど今回、初めて俺はそれをボイコットしたんだ
…カズくんとの約束を遂行する為に。