第5章 縁は異なもの味なもの
木箱をそっと胸に抱え、店を出る。
来た時と同じように、からころというリズミカルなベルの音と…
「ありがとうございました」
低いけれど、暖かみのある一之介さんの声に背を押され、歩き出す。きっと振り返ったらもう「薫り屋」は無いのだろう、と思いながら、それでもただ前を向いて。
オカルトやファンタジーなんて、信じるタイプじゃなかったけれど…信じるも信じないも、全ては私の心次第だと、今なら分かっている。
そのまま真っ直ぐに家に帰りついた私は、取っておきの小皿を出した。眠り屋さんで見たような、お洒落な香炉があればなぁ…とも思ったけれど、今更日を改めて買いに行くような、心の余裕もなく。
心を落ち着けるように深呼吸を一つして、引き出しの奥深くから探し出したマッチに火をつけた。湿気ているのか、何度か擦った後、漸く仄かな灯がともり。
最新の注意を払いながら、小皿に置いたお香の天辺に火を移す…
ワクワクと逸る気持ちとは対照的に、じんわりと炎は拡がって。
ゆっくりと、紫煙が立ち上るのを見つめながら、胸いっぱい空気を吸い込んだ。
あの香りが身を覆っていくような感覚に、すっと、目を閉じる――
ふわふわと、漂うような。
まるで彼と共に、水中に沈んだあの時のような。
上も下も、右も左も無くなって…心許ないけれど、怖くない、そんな心地。
身体ごと思考が落ちていく中で、あの痺れる程低く、甘い声が聞こえた気がする…
そして、目を開けた時には、私の身体は宙に浮いていた。