第1章 チェックメイトの前夜(徳川家康・こじさくコラボ)
感謝の言葉を伝えるため、近付いたはいいけれど。
いつも通り、ある程度の…手を伸ばせば届く程の距離を保って、私も畳に正座した。
家康はただ黙って、こちらをじっと見つめてくる。
悪い事をしたわけじゃないのに、見つめられてどぎまぎと。
どうにも居心地が悪くなって、思わずぎゅっと両の拳を握りしめる…
いつだって、この距離が…心の距離なのだと思うと、もどかしい。
その手にちらり、と目を落とすと。
家康は小さく溜息をついた。
「しおらしいあんたは、気味が悪いね」
「な、何よ…ありがとうは、ありがとうだもん」
意地悪な物言いに、そんな風に返してはみたけれど。
決して気分は悪くない…家康の口元は、普段よりも柔らかく綻んでいるから。
おまけに、アタマでも撫でてくれようと言うのか。
すっと持ち上げられた家康の片腕に、どきりと痛いくらいの緊張が走る。
思わず目を閉じた私の耳に、がたん、と。
かすかな物音が聞こえてきた…
家康も気付いたようで、刀の柄に手をかけ。
私の身を庇うように、腕を前に出す。
「き、昨日よりだいぶ早い時間だよ…!?何なのっ…!!」
「…そもそも、あんたが言ってた『床が軋む音』と今のは違う。
むしろ…」
家康はじっと天井を見上げる…
私も倣って目線を上げるけれど、いつも通りの木目があるばかり。
しかし、その板がかたり、とまた音を立てて揺れた…
「何かいるっ!?」
「…また佐助?
でも、佐助ならそろそろ出てきてもおかしくないね」
家康が、揺れた板の下へと歩み寄り。
刀の鞘を使って、とんとんとつつく…
「うきゃ?」
「これは…秀吉さんとこのサル?」
「う、ウリちゃん…!!びっくりしたよぉ」
家康の腕の中から、真ん丸な瞳がきょろきょろとこちらを見つめていた。