第5章 縁は異なもの味なもの
「…何故だろう、止められてしまった」
ほんの少しだけ、悲しそうな目をした佐助が立ち上がると。奥から、トレイに載せられた透明なシャーレを持ってきた。五つほど並んだシャーレの中には、脱脂綿の様なものが入っている…
「これは…?」
「音がダメなら、香りかなって。一つづつ、違う香が染み込ませてあるんだ…開けて嗅いでみていいから、好きなのを選んでくれるかな」
相変わらず彼は説明が足りない。何のためにこれを選ぶのか、さっきの突然の歌はなんだったのか、教えてもらえていないけれど…猜疑心より好奇心が打ち勝って、ど真ん中のシャーレを手に取った。見た目には全くどれも変わらないのに。何故か端から順番じゃなくて、ど真ん中を…
後から思えば、全てがきっと必然だったのだけれど。
何故かドキドキと、緊張しながら蓋を取り。手で扇ぎながら、香りを嗅いでみる。
甘ったるくて鼻に残る、なのに爽やかで突き抜けるような、青い匂い…
「これ」
「…一つ目だけど?」
「はい…そうなんです、あ、だけど。絶対にこれが一番好きだと思うの、きっと」
佐助にシャーレを渡す。
彼はくるり、と裏返し、裏に貼られたシールを私にも見せてくれた。
「しば…ふね?」
「そう、柴舟。奥州の名将、伊達政宗公が愛した香だ。こっちへ来て」
彼に言われるまま、入ってきた扉とは反対側のドアを開ける。殺風景な薄暗い部屋の真ん中に、見るからにふっかふかのベッド。
「このベッドは疲れを取るためには最高で、人間工学に基づいて配置された微妙に感覚の違うスプリングが…」
きゅ、と頭の上のクナイが泣いて、佐助の言葉を遮った。
「…つい熱く語る所だった、有難う、クナイ。とりあえず千花さん、寝てくれる?」
「はい!?」
寝る、って…と、あたふたとする私をよそに。彼はベッドボードからお皿を取り出すと、お香を置いて、火をつけた。仄暗い部屋は揺らめく炎で照らされて、白煙が一筋立ち上る。
「これがさっきの、柴舟だから。それじゃ、ごゆっくり」