第5章 縁は異なもの味なもの
「ねむり、や」
つい読みあげたくなる、その不思議な店の名前。
声に出した瞬間、ちりん、と、黒猫の首にあった鈴の音が聞こえた気がした。
呼ばれてるのかな、なんて考える自分に苦笑しながら。
猫が入って行った、木の扉に手を掛け、押してみる――
さすが猫でも開けられただけあって、軽い力で扉が開く。
がらんがらん、と上に付けられたベルが鳴る。
しかし少し暗い店内からは誰も出てこないし、猫の姿も見えない…
開けたままではまずいだろう、と中に入って扉を閉め、向き直ったその瞬間。
ぶーん、と電子的な起動音があちらこちらで鳴り響く。
暗くてよく分かっていなかったけれど、壁のあちらこちらに設置されていたモニターが光を放って、店内は一気に明るくなった。
可愛らしい外観から想像もつかない様な、お店というより、何かの研究所のようなその場所。
「…あれ?珍しい。此処を見つけるなんて」
「ひっ…!あ、勝手に、すいません…」
きょろきょろと視線を彷徨わせる内、背後から突然かけられた声に驚く。
振り返ってみると、長身に白衣の良く似合う男性が、いつの間にか立っていた。
眼鏡の奥の瞳はにこりともしていないのに、彼の纏う雰囲気は酷く優しい。
「此処に来たって事は、お疲れなのかな」
「…え?」
「眠り屋、って書いてあったと思うんだけど。
自覚が無くても、こいつに着いて来たってことはそういう事。
寝たらその悩みもスッキリする、かも知れない」
言いながら、彼はふわり、と口元を和らげた。
初対面なのに不思議なもので、その表情に警戒心も解けていく。
にゃあ、と猫が彼の足に擦り寄ってきたのもあって、私は訳も分からないまま、彼の言葉に頷いた。