第3章 ラブリーディストーションII(徳川家康)
家康が迷うことなく廊下を歩くのに、私も必死でついて行く、その間もきつく手首を握られたまま。
一番端の部屋の前で止まると、家康は胸ポケットからカードキーを取り出し、ロックを解除する。
静かな廊下に、操作パネルのピピッという無機質な電子音だけが鳴り響く…
何処か焦ったような様子で扉を開け、彼は先に一歩部屋に入り。
そこで大きく、ため息をつきながら振り返った。
強く握られた手首の痛みに、引き攣った目で見つめ返すと。
家康はぎゅ、と唇を噛み、握った手の力を弱める。
すぐ解ける程の柔らかさは、逃げてもいいよ、と言ってくれているようなのに、私は一歩も動けない。
ドアの敷居が酷く大きな隔たりの様で、竦んだままの足は。
家康がほんの小さく手を引いただけで、よろめく様に一歩、また一歩、部屋の中へと。
ばたん、とドアの閉まる重たい音と、その後にオートロックのかかる音が鳴り。
外と隔絶された、本当に二人だけの空間で、穴が開きそうな程見つめられ。
視線を避けたくて俯くけれど、ぐい、と空いた手で顎を掬われた。
「離して、」
格好悪い程声が震えたけれど、もう気にしている余裕はない。
ほんの少し力を込めて振るっただけで、繋いでいた家康の手は簡単に離れた。
しかし彼のもう片方の手はするすると、輪郭に沿って動き。
まるで壊れ物に触るような甘やかさで、頬に置かれたから勘違いしそうになる…
じんわりと伝わってくる掌の熱が、涙腺を溶かしていくような感覚に、歯を食いしばって耐えるしかない私に。
また家康はゆっくりと、重苦しいため息をついた。