第3章 ラブリーディストーションII(徳川家康)
「このままで、聞いてほしい事があって」
私はその場に立ち尽くしたまま、ともすれば流れてしまいそうな涙を必死に塞き止める。
家康に出会ってから泣いてばかりだ、けど。
彼の前で泣いたことは無い、それだけのちっぽけな矜恃に支えられて立っている。
彼を誘った時のあの度胸はどうしたの、
余裕がある風に見せたいんじゃないの、
自分をそんな風に叱咤しながらここまできた、そして、今もそうだ。
彼が前に進むのを、私は此処で見送らないといけない。
「我ながら今更だとは思うんだけどね、こんな関係ってよくないと思うの」
家康は、何も言わずにこちらをただじっと見ている。
いや、睨んでると言った方が正しいのかもしれない…強い眼差しが刺さるような心地の中、また意を決して口を開く。
「まして、海外異動が決まったでしょう?おめでとう!
そんな大事な時に、これ以上家康のこと縛り付けても良くないなって」
「私なんかといなくても、家康は家康自身の実力で勝ち取ったんだもの。
だから、ね、」
家康が黙っているのをいい事に、私は矢継ぎ早に言葉を発していく。
もう家康がどんな表情をしているのか、怖くてずっと俯いたまま。
二人で来たこのバーだって、もう家康の方がこなれている。
静かな空間の中、初めは注文をするためにボーイを呼び止めるのすら一苦労だった。
それが今じゃ、前乗りして一人でお酒を飲んでいるのだ。
そんな風に拡がっていく家康の世界を、一緒に見れたらどれだけ幸せか――
「だからね、私との事は全部忘れて…頑張ってね」