第3章 ラブリーディストーションII(徳川家康)
扉が開くと、そこはもう浮世を離れた別世界。
シティホテルのワンフロアがバーになっていて、パノラマのような一面ガラスには零れそうな程の夜景が映っている。
出迎えてくれたボーイさんは全て心得ているような顔で、さっと奥のフロアを指し示す。
分厚い絨毯敷のフロアは、歩く度にほんの少し沈み込む程にふわふわと、足音をも吸い込んでくれる…
そして私は、先に席についていた彼に気付かれることなく、彼の横顔を覗くことが出来た。
窓の外を見つめる翡翠の瞳は、今、何を思っているのだろう。
もうすぐ離れる、住み慣れた街への惜別の念だろうか。
成功への道を一歩踏み出した、優越感だろうか。
ほんの少しでもいいから、私の事を考えていてくれないだろうか、なんて思う…けれど。
そんな風に思い上がれる立場じゃないと分かっているから、目を伏せる。
彼…家康は、ゆっくりとこちらを振り向き。
珍しく、本当に気付いて居なかった様でほんの少しだけ、驚いたようにひくり、と震えた。
家康のこんな表情を見るのは、思い出す限り初めてで。
この期に及んでじんわりと、胸が喜びで満ちた。