第3章 ラブリーディストーションII(徳川家康)
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「家康?どうした、忘れ物か?」
「…いえ」
振り向いた時には、もう千花の姿はなかった。
彼女はもう、俺の異動の件を知っているだろうか…一瞬すれ違った表情からは、読み取れなかった。
「先程すれ違ったのは、秘書課の千花さんですね」
「…知ってるのか?」
「えぇ、お噂はかねがね。社長の娘さんで、お綺麗な上に酷く仕事の出来る方だと」
異性に興味を持たない、三成まで顔と名前を覚えているとあれば…この巨大な社内であっても、彼女の事を知らない奴は居ないのだろう、と俺は小さくため息を吐き。
二人を促しまた歩を進めながら、スマホを取り出した。
思わず緩む頬に力を込めつつ、住所録ではなく履歴から呼び出す彼女のアドレス。
変に気取ってもな、と考えて、いつも通り。
たった一言を、似つかわしくないほど慎重に…まるで祈るような気持ちで、送信ボタンをタップした。