第4章 種火
そして冒頭に戻る。
かれこれ一時間程闘いっぱなしだが、汗だくの私に対して焦凍は息切れひとつしていない。ここでもまたプロヒーローとの差を感じて挫けそうになったが、何とか気持ちを奮い立たせる。
____私はもう、腹を括ったんだ。
「……成程な」
闘志を剥き出しにして再度身構えた私を見て、焦凍は一人納得したかのように顎に手を当てた。彼の所存が掴めず首を傾げる。
「道理で爆豪が気に入る訳だ」
焦凍は微笑を携えながら愉しそうに呟いた。何の本能が働いたのかは分からないが、咄嗟に彼と距離を取る。……いや、私はあの笑みを知っている。見た事がある。
……獲物を捉えた時の捕食者の目。
そこで私はやっと理解したのだ。一週間という期間の中で、私の貞操が無事であった理由を。
それは決して、私が『避けていた』成果ではない。
彼らにただ泳がされていただけだ。
襲おうと思えばいつでも襲えた。
詰まり、私は彼らの思い通りになる『オモチャ』であって、そこに私の意思は関係しない。
私はとんだ阿呆だ。彼らの目的を分かっていたのに、自身の置かれた状況をきちんと理解していなかった。私の身は彼らの手中にあるのだと、彼らによって左右されるのだと。
今更分かったところで揺らぐ程私の覚悟は甘くない。そんな下衆じみた考えなんてクソ喰らえだ。絶対に屈してやるもんか。
幾らこの身が懐柔されようとも、越えられない壁が立ち塞がったとしても、心を委ねたりはしない。
「……目が変わったな」
ゆったりとした歩調で焦凍が近付いて来る。完全に舐められた態度に苛立ちを覚えたが、すぐ様冷静さを取り戻して双腕を向けた。お前の攻撃は無駄だとでも言うかのように彼が炎を纏う。
私は、闘うと誓った。
負けないと、闘争心を燃やした。
彼らにとっては小さな路傍の石も同然の存在だろう。
それでも私は、彼らに抗い続ける。
例えそれが……
私のヒーローであったとしても。