第4章 種火
「遅ぇ」
「っ!!」
背後に回り込まれて不意打ちを食らった。事前に着用を余儀なくされた防護服と、一応気を遣って手加減したであろう攻撃のお陰で殆ど痛みはないが、プロヒーローの一打は容易に私を吹き飛ばした。
受け身を取ろうと態勢を立て直し、更に反撃の構えをとってショート……基、焦凍に右の掌を向ける。しかし、そこに彼の姿は無く、目の前を覆ったのは大氷壁だった。
間一髪の所で直撃を避けたが、右足に冷気が掠ったのか凍結してしまった。あまりの冷たさに顔を歪めて蹲ると、猛攻を止めた焦凍が無表情で近付いて来て、右手で氷を溶かしてくれた。
「悪ぃ。少しやり過ぎた」
「いえ……」
微妙な沈黙が流れる。
本当に悪びれているのか分からない顔は、出会った当初と何も変わらなかった。
この施設に隔離されてから一週間が過ぎようとしていた。
二人と交わったあの日以来、まだ誰にも抱かれていない。私がそうならないように『避けてきた』成果でもある。この一週間、極力誰かと時間を共にする事を無くし、ただ只管訓練場で身体を動かしていた。
そうやって日々を過ごしていく中で、彼らの生活リズムが少しずつだが分かってきた。基本的には五人共プロヒーローである為か忙しく、日中は殆ど施設に居ない。食事は出久の担当であるらしく、冷蔵庫には彼の手料理が並んでいて、私もそれを頂戴していた。
夜は皆帰りが疎らだが、リビングに集まって晩餐をする姿も見かける。私はというと、与えられた自室に篭って母と連絡を取り、元気を貰って就寝……そんな毎日を送っていた。
が、つい二時間程前に突然焦凍が部屋に訪ねてきたのだ。淡白ながら多少の自己紹介を交わした後、彼は私の腕を掴んで訓練場へと引っ張った。
«相手がいないんじゃつまんねぇだろ。俺が相手してやる»
乱暴に言い放った彼の言葉は今でも耳に残っている。あの時ほんの一瞬だけ、彼の人間的部分が____『怒り』が見て取れたのだ。
何に対してイラついているのかは聞かなかった。私にとっては然して関係の無い事だ。そんな事よりも、今まで全くと言っていいほど接触して来なかった焦凍が、これからしようとしている事の方が怖い。要するに『八つ当たり』だろう。プロヒーローの彼によって仮免の私がボコボコにされる姿を想像するのは容易い。掴まれた腕にヒヤリとした冷気を感じながら、背筋には別の寒気が走っていた。