第11章 禿山の一夜
頭を冷やせと、まるで子どもに言い聞かせるように狐の鼻を撫でてから、中也は狐を飛び越えて翠の背後に降り立つ。歩けば何かを踏むような、何人死んだか判別できない凄惨な地下室の中、亡魂のように穢れなく立ち尽くす彼女は、まるで死後の世界の住人のようだった。
物言わぬ血溜まりに沈む女を見詰め、怒りと悲痛で大粒の涙を零す翠の視界を奪うように、中也は血濡れた両手で翠を抱き締めた。育ての親に手を掛けた其の死に様と、追憶の情に引き裂かれて、渦巻く混沌の感情の名付け方など、分からなかった。
「もう見るな」
耳元で囁くと、張り詰めていた異能は解放され、重力場が消滅する。其のひとつひとつの死に感情を揺らす必要はない。怒りも悲しみも翠を縛っていた柵と共に捨てて、中也の穢れた手の中に堕ちてくるといい。
翠を汚すのは中也だけでいい。
非道い嫉心と分かって居ながら、中也は翠の視界を封じた儘、彼女の形の良い唇に口付けた。