第11章 禿山の一夜
後ろ手に縛られ、捕らえられて尚、涼し気な美貌を崩さない翠が、憎い。美しい瞳と若さも、能力も、身に付ける装飾も全てが恨めしく、其の中年の女は歯噛みした。
生まれた時から、蝶よ花よと育てられた。尾崎当主の娘として、また次期当主の妹として、そして尾崎家の神子として、敷地内から出ることはなかったが、たくさんの人間に敬われ大切にされてきた。
翠が、其の世界を壊してしまったのだ。当主となった兄が、女郎を孕ませた事は耳に入っていたし、実際甥姪は可愛らしく聡明な子どもたちだった。其の子らが、何代も現れて居なかった能力を持つ本物だと知らされた時、女は掌を返すように家から打ち捨てられた。それでも生きる術を知らず、家に縋って生き延びた。
自分の持たない何もかもを持ちながら、更に奪って行く翠が忌々しい。嫉妬と分かっているからこそ、人々の羨望も愛情も財力も、思うままにする翠を弑し成りかわる甘美な期待に陶酔するのだ。
「私が、小汚い長屋から連れ出された時、お風呂に入れてくれたのは、貴女でしたね」
遠い過去の幻影を見るような眼で、翠は口を開いた。