第11章 禿山の一夜
元々、歴史の影で動く一族だ。人の噂の中や想像の中で象られた人物像を、善いように操って陽動することで、人々は簡単に動いてしまう。人間の本質ではない其れを、如何云われようが翠は気に止めたこともないが、体面を重んじる組織では、そろそろ止めにしておくのが巧手だろうか。
「もう直ぐ、事態が動きますから、其れまでの辛抱ですよ」
其れで納得してやろうと、中也は翠の額に口付けして、風呂場へ消えていく。
仮宿はとても過ごしやすい場所ではあるが、中也と寝食を共にしている所為で、体調を崩しがちになった。元々身体が弱い翠に対して、頑丈過ぎる中也の生活では、調子がまるで違う。一晩中相手をさせられた時には、次の日どころの騒ぎではなく三日は寝て過ごした。そもそも、中也の狙いは其処にあり、基本的に翠を仮宿から出さんとする意思表示だ。
部下思いで優しい人だと思っていたが、翠に対して、何処か嫉妬深く束縛しようとする事がある。翠が彼をこんなにも愛おしく思っている事が、きっと伝わっていないのだろうと、暫し反省した。