第10章 西方ニテ小競リ合イ有 鎮圧セヨ
人の背丈など優に超える大狐を従えて、彼は中也に向き直る。
「紹介しよう。此れが、尾崎の異能生命体、九尾だ。一緒に連れて行くといい。役に立つよ」
狐が中也にしたように、頰に擦り寄った。彼が毛並みに沿って首筋を撫でてやると、狐は気持ち良さそうに伸びる。
「ただ此れにも好みがあるようでね、尾崎でも他の人間には憑こうとしない。まぁ…君なら大丈夫だろうけど」
九つの尾をそれぞれ自由に動かし、其の中のひとつを、まるで握手でもするように中也に差し出した。中也がふわふわとした毛先に触れると、やはり狐は嬉しそうに鼻を鳴らす。
狐も翠も其の兄も、中也から見れば根本は同じ様に見えるのだ。容姿も所作も柔和でありながら、硬く冷たい視線が近寄る者の本質を射抜く。近寄り難くもあるが、人を惹きつけて止まない色香を漏らして、他人を魅了してしまう。
振り返って見た翠が小首を傾げる姿が、暗がりでも鮮やかに見えるのは、中也自身も既に魅入られているからだと自覚している積もりだ。
「忘れ物は、あったのか」
花が香り高く咲いたような微笑みと共に、はいと答える翠の輝く瞳を見て思う。其の瞳が、中也だけを映せば善いと。