第10章 西方ニテ小競リ合イ有 鎮圧セヨ
詰まる所、此の騒乱は、組織の小競り合いを隠れ蓑にした、尾崎財閥の再編成だ。体良く使われた身としては納得いかないが、此れを機に、首領は組織が利益を得る算段を立てているに違いない。寄って中也は指示を遂行するのみだ。
「貴方は、帰順しない事業体を、立ち直れない程壊滅させるように、暴れて頂くだけでいいんですよ」
珍しく何か小難しい事を考えているような顔の中也に、翠は見透かした目で見上げる。再三の忠告にも関わらず、今の今まで反乱分子として居続けるからには、恐らく此の最後通牒に応じることもないだろう。
「そうかよ」
誰にも見送られずに外門を出て、夜明け前の暗がりを、中也に付いて歩く。翠は中也の背中が好きだ。決して大きい背中とは云えないが、何時も翠より前に出たがって、くるくると善く動く其の背中を、つい追いかけてしまう。
手を伸ばして、揺れる後頭部の髪を掬い、指先で背中をなぞる。其れと気付いた中也が立ち止まったので、翠は其の儘、彼の背中に額を当てた。其れだけの事なのに、何だかとても仕合せで、翠は目を閉じて其の幸福を噛み締めた。