第10章 西方ニテ小競リ合イ有 鎮圧セヨ
盛大な砕破音を立てて崩壊した格子を投げ捨ててから踏み潰し、中也は檻を出る。中也に付いて行こうと逸る狐の尻尾にぐるぐると掴まれて、翠は悲鳴を上げた。三者三様の滑稽な様子に、当主は腹を抱えて笑う。
翠を長年拘禁し続けた檻を最も簡単に砕き、よもや狐諸共連れ出す輩がいるとは思いもしなかったと、彼は目に涙を溜めて笑いこけた。堪え切れない笑いで片腹を押さえながら、面白い人だと中也を評価する。
今でこそ、翠を前に意味を成さない格子の鍵ではあるが、幼い頃に泣き叫んだ彼女のあの悲痛な声を思うと、痛快なこと此の上ない。尾崎という狭く凝り固められた概念の中にいると実感すると共に、時代に合わせて概念など変えてしまえるものだと思い至る。
「去説、此の騒乱が終われば、新生尾崎の誕生だ」
其の言葉に、中也は何の事かと眉根を寄せた。尾崎を解体しますと、背後の翠が答える。関連会社を含めた企業を立ち上げ、寺社のみ残して家業を解体する。其の為に反乱分子を煽り立て組織に楯突くように仕向けたのだと云う。
「僕が社長だ。ポートマフィアは変わらず安心して取引してくれて構わない。そして、今後、尾崎の当主は翠だ」
もう狐も渡してしまったからねと、彼は指先でおいでと狐を呼び寄せた。