第1章 防衛戦
サーバ室での作業は、背中に中也の視線を感じ、些か居心地が悪かった。加えて家庭の話を持ち出されると、揺さぶられているのかと身構える。
海の方角から、焦げるような硝煙の香りと共に、ジリジリと秒読みをする導火線の音が聞こえた気がした。背筋を氷が滑るような悪寒に耐えきれず、翠は中也に手を伸ばした。
その時、窓すらないこの部屋にも、加農砲の発砲音が響く。反響音と何方が早かったろうか、翠が伸ばした手を、中也に引き寄せられたと思った瞬間には、翠は数秒前まで壁だった瓦礫と共に屋外に放り出されていた。
10mを超える高さで、翠の体が勢いそのまま回転する。海上の船舶から放たれた砲弾が、此方に向かってくる軌跡が見えた。
アスファルトに叩きつけられる間際に、異能を発動し、ふわりと着地する。見上げると中也が蹴り返したと思われる砲弾が、虹のように美しい放物線を描いて、船舶を強襲していた。
水飛沫の合間に、船籍が見える。足が付きやすそうな印を残したまま砲弾を放つとは、どのような心算か。
翠の隣に降り立った中也は、砲弾を蹴り返したとは思えない程に、着衣の乱れひとつなく其所に佇んでいた。
「船籍を目視しました。恐らく西方の組織かと思いますが…」
片眉を上げ、中也は続きを促す。
「本部で資料を確認しますので、私は離脱させて頂きます」
此処にいては、騒動に巻き込まれるだけだ。これ以上命を危険に晒したくはないと、敵前から遁走を申し出る。至極真っ当な意見を述べたつもりが、目の前の幹部は少し驚いた後に、くつくつと笑い始め、遂には哄笑に至る。そして、中也は至極上機嫌に翠を戦場から追い出した。