第10章 西方ニテ小競リ合イ有 鎮圧セヨ
膝の上で静かに寝息を立てる中也の髪を解きながら、翠は彼の子どものような寝顔を眺めている。指先にくるくると巻きつけて纏わりつく柔らかな髪を撫でながら梳いていると、半分は夢の中ながらも、中也はとろとろと目を覚ました。しばらくは気持ち良さそうに翠の手を受け入れていたが、突然、瞠目して跳ね起きた。野性の獣のように警戒して周囲を見回してから、自らを取り囲むしなやかな毛並みに怪訝な表情で戸惑いの声を上げる。
「狐、か?」
呼ばれたかと、九尾の狐は中也に目を向ける。背丈程もある大きな顔を持ち上げ、中也の顔と大差ない大きさの鼻を近づけた。
「で、か…」
其の大きさに驚きながらも、中也が手を伸ばして狐の鼻を撫でると、狐は嬉しそうに鼻を鳴らして中也の頰をひとつ舐め、頭を擦り付ける。くすぐったいと笑う中也とじゃれ合う九尾の狐に、翠の口元もつい綻ぶ。大変微笑ましい光景だ。
「おい、翠、此処は、何処だ」
狐に舐め回されて途切れながら、中也は翠に問いかけた。
「尾崎邸、深部の座敷牢。私の家ですよ」
貴方に倒れて頂いたのでとても簡単に入ることができましたと、堪え切れない笑いを嚙み殺しながら、翠は云った。