第10章 西方ニテ小競リ合イ有 鎮圧セヨ
尾崎邸の外門は確と閉じられ、人気がない。来るものを拒むようにそびえ立つ三間作りの薬医門の繋ぎ目に立ち、翠は扉の向こうに、声をかける。
「翠です。開けてください」
にわかに騒がしくなる扉の向こうに、中也はどれだけの人間が其処に居たのかと訝しむ。殺気もなく、門扉の裏で何を待っていたのだろう。
閂が外され、ゆっくりと扉が開く頃には、囲むように並ぶ人々が各人各様の表情で翠を見つめていた。両目に涙を溜めて翠に触れようとする老婆を一喝し、中年の女が人集りを掻き分けて進み出る。
「今更何の用じゃ、小娘。巷で神子を名乗る偽物が騒いでおると聞くが、其方かのぅ」
女の侮辱に、翠はひとつ息を吸ってから、堪え切れないと云うように吹き出した。お手本のような高笑いに、女は両手を握り締めて震えている。
「偽物?其れは貴女では?何なら九尾を連れて来ては如何です。何方が本物かはっきりさせても、私は困りませんよ」
顔を覗き込む様に煽る翠を、女は震える手で平手打ちした。殴られて尚、声を漏らして嗤う翠と中也を交互に見やって、女が吐き捨てる。
「薄汚い狗など連れ歩いて、尾崎の面汚しが」