第10章 西方ニテ小競リ合イ有 鎮圧セヨ
「ちょっとした暴動だよ」
森は椅子から立ち上がり、背もたれに手をかけて、暴動の鎮圧を中也に云い渡す。
「取引先を巡って、幾つかの企業の間で小競り合いが絶えなくてね。組織との取引を見直したいと意見書も届いている」
企業舎弟の名を順番に挙げる森の言葉を聞くにつれて、中也は眉根を寄せて隣に立つ翠を見た。全てが尾崎関連企業だ。首領が何故、中也とともに翠を呼び出したのか、理由が明瞭になるようだった。同時に森の視線も彼女へと移り、まるで決定事項のように有無を言わさぬ口調が降り注ぐ。
「一緒に行ってくれるね?」
小首を傾げて承知しましたと了承する翠が、人差し指を立てて、ひとつお願いがあると申し出た。
「忘れ物を取りに、実家に寄らせていただきます」
不可解な顔で声を上げる中也と、それは構わないがと森の許可する声が重なる。
「今、尾崎本家は此の件で厳戒態勢だ。君たちが入るのは至難の技だよ」
森の忠告を笑顔で受け流し、翠は踵を返した。日に日に増える飾り紐のせいか、翠の背中で飾り結びされた帯がより派手になった気がする。彼女は扉の前で振り返り、状況に置いていかれて半眼で立ち尽くす中也を呼んだ。