第9章 常世枷
翠は変わった。
彼女は、此の世など知らぬと周囲の人間から距離を置いて、何にも興味を持たず、時が過ぎることを待つだけだった。ただ尾崎の問題から逃げて目を逸らし、自分の異能すら欺いていた。
其れを叩き起こしたのは、多分、中也だ。生きたいと云う翠の選択肢が指し示す路は、皮肉にも太宰に似ていて、中也は口惜しさを感じていた。最早翠が如何する算段か読みきれない上に、何を考えているのか想像も付かない。
唯、翠を腕の中に閉じ込めて置きたくて、彼女に指輪を与えて、抱いた。中也が如何やって彼女を愛するか、手に取るように分かる痕を、身体中に残す。行為の間だけは、彼女は綺麗な瞳で中也を見て、熱の篭った声で中也を呼んだ。翠が服用する錠剤の意味が分からぬ訳ではなかったが、欲望を吐き出すことは止められなかった。
女性の中でも一回り小さく、子どもと大差ない体格である彼女の身体は、しかしながら、服を剥ぐと美しい女の身体だった。指を這わせると、簡単に身体を委ねる翠が、何故中也を拒まないのか、分からなかった。