第9章 常世枷
擦った揉んだの末、柘榴石の耳飾りで合意に至る。着せ替え人形よろしく散々遊ばれた翠が、此の儘付けて帰ると主張したのは、此れを外すと、議論が再開する気がして止まなかったからだ。中也が真っ黒なカードを従業員に差し出している隙に、思いの外楽しい時間だったと店内を見回すと、中年の夫人と目が合う。
夫人の顔が驚愕から恐怖に塗り変わっていく一方で、翠はおやおやと艶やかに嗤った。後退りながら、金切り声と大差ない音で、夫人は翠を呼ぶ。
「神子様…!」
行方知れずで生死不明ではと、化け物でも見るような表情で、心の声を漏らした。対する翠は鉄扉の仮面を崩さず、お久しぶりですねと、旧知の友人にするように微笑んだ。
「居を移しましたが、ご覧の通り元気にしておりますよ」
お飾りの神子であれば、屋敷から出ることは、何の加護もない事を露見させる行為であり、許されない。居を移しても尾崎を名乗る事ができるのは、能力を持つ当主か神子のみである。尾崎の人間が土地や屋敷に拘るのも、此の辺りが所以と云えよう。屋敷にさえ閉じ込めてさえ置けば、偽物でも外面を保つ事ができる。
「皆さんお変わりなく?」
翠が行方不明になって変わらないはずのない様相を煽り立てると、夫人はワナワナと震えて逃げ出した。