第9章 常世枷
中也に連れ出された、天気の良い昼下がり。業務中に抜け出したとは思えないくらいに、長閑に時間が過ぎてゆく。瞼が重くなるようなうららかな日差しの中、翠は一体何処に連れて行かれるのかと尋ねた。
「宝石屋。号数が分からないと、指輪は作れねェんだとよ」
語尾と共に差し出された中也の手に、不思議がって翠は首を捻る。手、と彼はぶっきらぼうに云うので、お手かな?と掌を合わせた。
「犬かよ」
笑いながら、中也は合わせた手を握ったまま攫ってしまった。手を繋いだまま運転を続けるなんて器用なことだと思いながら、絆されていることを自覚する。指輪を買うなど初耳にも程があるし、真昼間から逢引などできるような身軽な装いでもない。其れでも、手袋越しに触れる指先から全身まで、ゆっくりと廻る熱がとても心地よくて、手を握り返した。
重ねた手と中也を交互に見ていると、彼は不意に翠とは反対の方へ目を背ける。急に如何したのかと瞠目していると、首筋から耳まで薄っすらと紅潮していた。其れを隠すように窓枠に置いたままの肘から伸びた手で、口元を隠してしまう。
真逆、此の折に照れるとは思わず、見るなと足掻く姿にとどめを刺されて、翠は笑いを堪えることができなかった。