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【文豪ストレイドッグス】心の重力

第8章 名もなき人々の肖像


物が飛び交う大型台風のような一瞬を経て、従業員一同、何食わぬ顔で列になって笑顔を作る。通常であれば、店舗の大扉が開いているはずの拍子で、しかし目的の人は現れない。何かの間違いだったかと顔を見合わせ、店長が自ら間口へ消えてゆく。

残された従業員たちが訝しげに見守る中、扉越しに店長の挨拶の声が漏れ聴こえた。間違いなどではなく良かったという安堵感と、此れからの戦いに向けて、気を引き締める。

其の安堵が歓喜に変わったのは、扉が開いた其の時だった。何時もと変わらぬ黒尽くめの美丈夫に続いて、和装の佳人が姿を見せる。女性をお連れ頂けるとは、願ったり叶ったりの好機だ。

列になった従業員が腰を折り頭を下げると、彼女は歩みを止めた。我々が顔を上げるのを待ってから、其の女性は、長い睫毛で囲まれた目を細め、形の良いふっくらとした唇の端を上げる。魂を取られそうな一瞬の微笑みに、心が満たされるような幸福感を味わっていると、横に並ぶ同僚もまた同じように、ため息を漏らしていた。

ほんの片時、立ち止まったに過ぎないというのに、彼は振り返り、見たこともないような優しい瞳で、彼女を側に寄せようと手を伸ばした。其れはまるで御伽噺のように眩く美しい風景だった。
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