• テキストサイズ

【文豪ストレイドッグス】心の重力

第8章 名もなき人々の肖像


中也の訓練は、苛烈を極めていた。此れが異能者同士の衝突かと恐れ慄き、倉庫の外から見守るに徹している。しかし、通り掛った黒蜥蜴は、戯れているだけだと一蹴した。双方が戦闘系の異能の場合はより常軌を逸した戦いになるが、現時点で極戦闘系である中也は異能を使ってすらいないとの解説だ。

一度だけ、倉庫が崩壊する程の異能の衝突を見た。コンテナは床にめり込み、鉄骨が折れ窓が割れる音が響き渡るような、地獄絵図だ。一時訪れた静寂の合間に様子を伺うと、事切れたかのように、中也の腕の中に倒れる彼女が見えただけだった。

中也はまるでとても大切なものでも扱うように彼女を抱きかかえ、歪んだ扉を蹴破って倉庫を出た。殺気立った中也に気圧されて誰も動けなかった一瞬を経て、周囲の数人が無事を確認しようと駆け寄る。

「触るな」

腹の底から這い出たような恫喝に、空気が凍りつくような緊張感が漂った。人々が萎縮して再び訪れた静寂の間に、中也は彼女を抱えたままふわりと飛び立って消えてゆく。

「誰だありゃあ」

通り掛かった野次馬心で事の顛末を見守っていた黒蜥蜴のひとり、立原が遠くを見るために額に手を当て、中也の腕の中を探る。

「尾崎のご令嬢、だな」

大事ないといいが、と広津は懐から携帯電話を取り出した。
/ 100ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp