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【文豪ストレイドッグス】心の重力

第8章 名もなき人々の肖像


組織構成員のひとりとして、戦闘訓練は怠ったことはない。腕っ節にも其処其処の自信はあった。其の自信を木っ端微塵にさせる程に、彼女は捕まらなかった。異能者と言えど、小隊が寄って集って女ひとり捕まえられないなど、有ってはなるものかと手を伸ばす。

すると彼女は伸ばした腕を握り、自分の胴体を駆け上った。そして尖った靴底で鳩尾を踏み台にし、宙返りをして後方の男たちの頭や肩を足場に囲いを抜ける。足蹴にされて尚捕まえようとするも、逆に足場を得たりと方向転換してしまう速さに、付いて行ける者はいなかった。

痛む鳩尾を押さえながら振り返ると、適当な鉄箱に座り込んで笑っていた中也が立ち上がり、此方へ歩みを進めたところだった。

「俺が体術を仕込んだからな。訓練にもならねェなら下がッてろ」

道理で手筋が似ている訳だと納得した。確かに中也と比べられる程の威力は無い。骨の一本や二本では済まない中也の蹴りと、打撲になるかどうかも怪しい彼女の足蹴を比べるのも忍びない。しかし、速さを威力ではなく軽さに活かして逃げ回る彼女の動きは、中也を相手にしているのではと錯覚することがある。異能の所為だ。絶対にそうだ。

中也が彼女に飛びかかると、周囲の小隊は、蜘蛛の子を散らしたように、バラバラと逃げ惑っていた。
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