第8章 名もなき人々の肖像
半年間程度だったろうか。首領の下で雑務を行なっていた女性が、小柄で儚げで、淡い恋心を抱いた。其の後、暫く見かけなくなったので、死んだかと思っていたが、どうやら勘定方資金部にいるとの情報を得た。
如何にかして伝手を探そうと知り合いを当たってみるも、彼女と親交の深い人物は見当たらない。困り果てた所に、資金系事務所の襲撃事件が起きた。此れ幸いと部隊に志願して現場に向かうも、想像以上の惨状に閉口する。
転がり出てくる構成員たちと、建物内から聞こえる爆発音の合間に見回してみると、傷ひとつない姿で小銃を仕舞う彼女を見つけた。冷たい目で建物を眺める容姿に、ぞくぞくとする喜びを感じる。彼女を保護しようと歩み寄ってみると、何と彼女は今にも崩壊しそうな建物内に戻ると云うのだ。渡りに舟と護衛を申し出てみるも、中也によって却下された。
もやもやと二人と背中を見送ったものの、建物目掛けて飛んで来た砲弾を見た時、自分の出番ではなかったと反省する。軽々と加農砲を蹴り返す中也も、瓦礫と共に平気な顔で降り立つ彼女も、何方にも手が届きそうにない。
其の後も、せめて小話でもできる仲になれないかと狙うが、何時だって中也が彼女の側にいるのだ。そんな冴えない日々の中で、其の日は訪れた。中也が訓練だと云って、小隊を倉庫に集めた。例の彼女を捕まえたら、出世でも何でも聞いて呉れると幹部が云う。此れは機会を得たと、心の中で舞い上がった。