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【文豪ストレイドッグス】心の重力

第1章 防衛戦


「偉くなるつもりはないんです」

作業の手を止める事もなく、彼女はまるで今日の天気の話でもするかのような音色で言葉を紡ぐ。

「帰る家もありませんし、その日を安寧に過ごせれば十分ですよ」

ポートマフィアと呼ばれる組織に与する以上、帰る家など無い者の方が多い。彼女の場合は、正確に言うと、帰る家はある。その家から追い出されたのか、帰るつもりが無いだけなのかは、中也の知る所ではない。

「『尾崎』は代替わりしたそうだな」

『実家』を話題に持ち出すと、彼女の肩が震えた様に見えた。微かに感じる動揺の陰に、中也は目を細める。

「兄は、策士ですよ」

旧家として名高い尾崎家は、大口顧客に当る。尾崎紅葉の縁故を頼って、家督争いから身を躱すために、翠が此方に身を寄せたのは、3年程前だろうか。その後は定期的に動向を窺う必要はあったが、最近はどうやらその御家騒動も片付いたそうだ。取引も安定している。

尾崎という名はよくあるが、濁らずにオサキと名乗る者は、本家筋だけだという。妾腹ながら本家に成り上がる翠やその兄の手腕には舌を巻いた。名家旧家の内部抗争に興味はないが、取引先の安定と発展は大歓迎だ。今や当主となった翠の兄は、早くも先代より遣り手だと評判である。
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