第1章 防衛戦
半壊した建物に足を踏み入れる。靴底が砂をすり潰す不快な音を奏で、塵が舞い上がった。それを吸い込みたくなくて、翠は片手で口元を塞ぐ。先刻まで翠を追い回していた男たちが其所ら中に転がっていて、死屍累々と微動だにしない。
何食わぬ顔で翠の後ろを歩く中也は、手慣れた様子で荒れた館内を進む。変わり果てた内情に、やっとの事でサーバ室に辿り着く翠の事様と比べ、潜り抜けた修羅場の数の差を、其の儘に示していた。
加えて、入室の電気錠が鍵代わりの管理者用端末を拒否するエラー音を吐き、翠は閉口した。
「代われ。こじ開ける」
物騒な指示と共に肩を叩く中也に、翠は首を振った。そのひと押しが建物崩壊の引金となっては、居た堪れない。シリンダーに針金を差し込み、解除を試みる。カチリという乾いた音が扉の開錠を知らせると、中也は表情を歪めた。
背丈以上あるコンピュータが立ち並ぶその部屋は、入室後には自動施錠される。閉じられた扉に凭れ掛かり、中也は背中で再びカチリという音を聞いた。この部屋に辿り着いてしまえば、あとは建物が崩れるまで、中也に出番はない。
「すみません、中原幹部の無駄遣いをしてしまって」
手慣れた様子で黒い箱を解体してゆく彼女が、背中で見当違いの謝罪を述べ始めた。
「手前もだろ」
ここまで連れ歩いて置いてから、余りの言い様だと否定しておく。それに無駄遣いはお互い様だ。
「極秘情報に精通しておきながら、責任者ですらねぇとは何事だ」