第7章 心の重力
其れからと云うもの、中也は事あるごとに、否、何の事は無くとも、翠に次々と装飾品を与えた。それも高価な宝飾ばかりで、復職までに増えた物は元の手持ちの数を優に超えていた。箱から溢れたと云おうものなら、宝石箱ごと工面するのだから、其の徹底ぶりたるや、縄張り行動の一種かと勘ぐっている所だ。
にわかに飾り始めた翠に、同僚たちは色めき立つ。野次馬根性の興味が半分、残りは恐れ慄きか。目利きの多い勘定方では、翠の持つ宝飾品の価値がすぐに露見する。普段使いに適した値ではないことは一目瞭然であり、其れが組織幹部に寄ってもたらされたものと推察できる状態で、あまつさえ翠までもが臆することなく尾崎の紋付を着始めた。
最早何かの挑発行為であるかの如く目立つ翠と、見え隠れする中也の影に、一体何が起こるのかと血気にはやる毎日である。
或る日のことだ。
裏口の一角に黒塗りの高級車が停車していた。運転席の扉に寄りかかって立つ中也を見かけた黒服が、慌てた様子で本部建物の中に走り戻る。随分と察しが良くなったものだと思いながら、中也は腕を組んだ。煙草を一本吸い終わった頃に、紋付羽織の女が姿を見せる。
「連絡ひとつ呉れてもいいのではないですか」
「そんなもんなくても、出てきたじゃねェか」
詫びもせずに、中也は苦情を申し立てる翠の手を取った。