第1章 防衛戦
駆け寄る翠を視認し、中也が此方に目を向けた。中原幹部と声を掛けると、如何したと話を聞く態勢を整えるあたりが、律儀な性根を表している。
「資金情報を格納しているサーバを回収しますので、入館許可を」
「あぁ?」
言葉尻を至極不機嫌で威圧的な声に遮られた。騒ついたこの場では聞こえ難いかと、翠はもう一度その提案を繰り返す。
「機密事項を入れたコンピュータを取りに入館したいのですが」
申し出が耳に届いたのか、中也は眉根を寄せて舌打ちをした。帽子の縁を抑えて深く被ってしまったので、表情が隠れて見えないが、その眼は崩れかけた建物の入り口を見ているような気がした。
「手前が行くのか?」
「他に動ける人員がおりませんので」
視線で、上司や同僚が病院へ向かうであろう車に乗り込む様子を示す。抑あの騒乱の中、皆無事であるだけ有難いと思わねば。その上、職務を果たしに戻ることを、他人に求めるべきではない。
相変わらず不機嫌そうな幹部を前に、黒服が護衛を買って出るも、その進言は中也の片手で不承諾の途に就く。
「俺が行く」