第6章 異能力 第七官界彷徨
聞き慣れた筈の声に、翠は弾かれたように、其の主を見る。紅葉と入れ替わるように此方に向かってくる様は、何時に増して威圧的だった。迫り来る靴音が、秒読みもかくやと言わんばかりに、均一で渇いていた。
翠は無意識の内に、後退りする。抑えきれないとでも言うように、其の全身から放たれる中也の異能は、一歩踏み出す度に重力を増して行く。強い視線に射抜かれ、胸が串刺しにされたように動かなくなる。
「俺の異能を、操作してみろ」
できるだろうと見下ろす彼の目は、其の強い視線とは裏腹に、戸惑いを孕んで隠せない。答えを探すように、翠は中也の異能を強化する。
いつの日か感じた空間の歪みが、再び二人を包み込む。遠近が綯い交ぜになる渦の中心に、酷く眩しいエネルギーが見えた。燦然と輝く其れに手を伸ばすと、翠の指先は目の前に立つ中也の胸元に触れる。
捻じ曲がった世界の中でも、彼の肌に赤黒い模様が浮かび上がる様が見て取れた。此れ以上は駄目だ、伸ばした手を引き戻そうとする刹那、それは中也に寄って阻まれる。止めるなと掴まれた手は、未だ其の輝きに触れた侭だ。
「嫌だ!引き戻せなくなる!」
中也が何が凄まじい物に飲み込まれる様な恐怖に、翠の瞳からは涙が溢れ落ちる。此の強大なエネルギーに引きずり込まれてしまえば、翠の操作で手に負える物ではない。