第5章 偽りの目
「如何やら彼女は自分の異能力を重力操作だと思っている節があってね」
森からの依頼に、紅葉はやれやれと両手を上げた。紅葉自身も翠の異能に特別明るいとは言えない。積極的な戦闘を避けていた翠を、そう簡単に観察できるものでもないだろう。
「彼女も分かっている筈だよ。其れから目を逸らしているだけでね」
尾崎の信仰の正体を知っている者でなければ、其れとは気付かないものを、森は示唆する。ならば寝ている子を起こすのは、首領の役目だろうと嫌味を酬いるも、苦笑を返されるのみと相成った。
紅葉は嘆息し、首を振る。当人ですら定かではない異能の本質を暴いてやるなど、なんと豪気なことか。ましてや態々他人の手を使ってまで其れを成すとは、此の男は一体何を考えているのだろう。
「妾は如何成っても知らぬと、先に云っておこうかのう」
責めてもの捨て台詞を吐いて、紅葉は踵を返す。
尾崎の神の正体、其れは歴代当主に受け継がれる異能生命体に他ならない。尾先と呼ばれる九尾の狐が、家に富と繁栄を齎し、仇と成る者を喰いちぎり引き裂く。
当主ではない翠が、其の神の為に持って生まれた異能とは、何なのか。炙り出すには些か心疚しい気がして仕方なかった。