第1章 防衛戦
自称末端構成員の翠であっても、幹部の顔と名前くらいは把握している。増して同じ重力遣いである中也に対しては、異能の参考になるまいかと考えたことすらある。ただ圧倒的な破壊力に慄きはしたが、体術と重力操作の適合性には合点がいった。
その能力を攻撃ではなく逃走に向けたのは、翠の業務遂行に対する意識に他ならない。資金洗浄という「事務」業務を与えられた者として、頭に叩き込んだ厳秘情報とあらゆる口座情報に直結する端末を死守すべきとした選択だった。
定時を知らせる作業用端末の通知を取り消し、定例の資金送金操作を入力する。一方で資金運用のアプリケーションが起動しないのは、先の騒動でサーバが力尽きたかとため息を吐いた。
どこまで破壊されているか想像すらできない状況ではあるが、メモリだけでも回収しなければと、黒服に保護されていた上司と同僚たちに声をかける。
「後片付けはしておきますから、皆さんは先に病院に向かってください。怪我をされている方も多いでしょう」
しかしと言い募り、翠を気にかける同僚たちに、怪我ひとつ無い手を出して見せた。どうせ慌てて病院に向かったところで、見せる傷もない。打撲や打ち身が痛み出してからでも遅くはないだろう。
比較的重症を負っていた上司から、管理者用の端末を受け取り、翠は中也の下へ向かった。