第4章 花弁と騒動
曇った瞳で遠くを見ていた紅葉が、とても億劫そうに、口を挟んだ。
「尾崎の女はな、桜やら楓やら、草花に例えて呼ばれる。子を成し繁栄の一端を担って枯れて行けとな。それがどうしたことか、翠は何と呼ばれたと思う?」
紅葉の溜息が、広い応接間に響く。問いかけられた中也が翠を見ると、彼女は奥歯を噛んで目を伏せた。
「翡翠。宝石じゃ。出口のない鳥籠で、永遠に輝けと言うことかのう」
家督争いの煽りから身を隠す等という生易しいものではない。これでは翠そのものが家督争いの核心ではなかろうか。
「僕等の神さまは、そんなに心が狭い訳じゃあない。誰が神子でも文句は言わないよ。煩いのは人間の方だ。神子として稀代な異能力を持った翠を、持て余しているみたいだね」
話は終わりだと、彼は革張りの椅子から腰を上げた。
「先刻も言ったけど、仕事の話は別だよ。此方からの依頼は特別変わらない。但し、窓口は僕が管理する者に限るから、確認してもらえるかな」
名簿が記載された紙切れを一枚、中也に押し付けて、彼は扉に向かう。
「じゃあね、翠。死ぬのも生きるのも好きにしたらいいけど、自分の身は自分で守りなよ」
彼はそう言い残して、扉の向こうに消えた。