第4章 花弁と騒動
尾崎家とて一枚岩ではない。その説明は、既に翠から聞いた内容と大差なかった。翠の処遇に関する点を除いては。
「翠をもう一度神子として戴こうとする御年寄の一派と、反対に亡き者にしようとする一派が、大きく分裂している。残念ながら、翠の意思も、僕の忠告も聞こうとはしないだろうね」
「…戻りたくも、死にたくもありません」
非道く嫌そうな顔で、翠は言葉を吐き捨てた。そうだろうねと、特段の感情もなく同意する兄の台詞を割って、中也は疑問を投げかける。
「神子とはなんだ」
取引相手としての尾崎家は、所謂旧家名家の類で、財閥系の資金を元手に運用を行う、信頼できる企業だ。一方で、その実、血脈と仕来たりを重んじる、外部の干渉を嫌う一族だった。中でも薄気味悪いのは、尾崎家特有の神を祀る行事だ。
中也の純粋な質問に、翠の兄は顔を上げた。外部の者にどう説明したものかと、考えあぐねて、言葉を選ぶ。
「僕たちの神さまが過ごしやすいように、身の回りの世話をする人、かな」
常用単語辞典に載っていそうな簡易的な内容に、中也は目を細めた。しかし目の前の男は未だ言葉を探している様子であり、少し待ってやるかと口を噤む。
「神子はお屋敷からは出られないし、自由もない。個人の尊厳を凡そ奪われた形で、神さまの絶大な力を得て、一族に繁栄をもたらすものだよ」