第4章 花弁と騒動
中也から受け取った鍵を握り締め、彼の後に付いて歩く。ずっと、中也に纏わりつかれていると思っていたが、此れでは翠の方が金魚の糞ではないかと自嘲した。日常業務が片手間となり、中也の小間使いに時間を割かれる日常に慣れてしまっては、悲しいかな、何の不具合もない。
「中原です、入ります」
客人の為に用意された応接室に声をかけながら、中也が扉を押し開ける。中央に配置された皮張りの黒椅子に座す男女が、待ち構えていたと、此方を見た。色素の薄い痩躯の男は、驚いたとばかりに目を見開いて翠の名を囁く。
「翠…矢っ張り家から出して良かったみたいだね。随分と顔色が良さそうだ」
ふわりと湯気を上げる紅茶に手を伸ばし、彼はそれを口に含んだ。鼻から抜ける香りに満足そうに目を細め、杯を置く。一連の仕草はまるで銀幕の向こうのような美しさを醸していた。
似ているなと、中也は思う。面差しは勿論のこと、所作の指先に至るまで、何処か婉やかさを含む立振る舞いが、彼ら尾崎家の血の濃さを顕わしているようだった。