第4章 花弁と騒動
常に内側から鍵が掛けられた扉を酷く叩く音と、中也を呼ぶ声が部屋に響く。
「…なんだ」
幾分掠れた中也の声が、それに応答した。何時もよりひと回り小さいその音は、翠の耳元で響いた所為で、やけに身体を震わせる。
「尾崎家当主を名乗る男が、中也さんをお呼びです!」
血の気が引くとはこの事かと思う程に、その言葉は翠を萎縮させた。一方で、中也もまた顔色を変え、翠のブラウスの釦を、丁寧に掛けてゆく。
「姐さんは呼んだか?本人かどうか確認させろ」
「既に尾崎幹部が、対応中です」
「そうか、なら本人なんだろうな」
扉の向こうと会話を続けながら、中也は名残惜しそうに翠の額に口付けを落とした。余りに優しい瞳に見つめられ、翠の冷えた背筋にも体温が戻る。
「赤くなったり青くなったり忙しい奴だな」
然も面白そうに笑う中也に、翠は不服そうに目を細めた。一体誰の所為でと、井戸の底から這い出てそうな恨めしさが、視線に篭る。然しそれは、中也を更に愉快にさせただけだった。笑いを噛み殺しながら、彼は部屋の鍵を差し出して翠を促す。
「なんで顔してやがる。ほら、手前も行くぞ」