第4章 花弁と騒動
「そんな顔してると、男は直ぐ勘違いするぜ」
離れた筈の中也の手が、翠の胸元に舞い戻る。流れるようにブラウスの釦が外され、中也の噛み痕の残る肌が露わになる。消えかけた鬱血痕を辿る様に彼の舌が滑り、その花弁を上書きしていった。
折角消えそうだったのにと恨めしく思う気持ちとは裏腹に、快楽に流されようとする本能が、翠の口から甘い喘ぎ声となって溢れ落ちる。行き場を探して彷徨う左手を捉えられ、其の儘、壁に縫い止められる。為すが侭の翠に、中也は確認とも取れる言葉を投げかけた。
「抵抗しろよ」
其の台詞を頭の中で反復させて、翠は腕を動かそうと試みるも、縫い止められた身体はびくともしない。其れを伝える為に開いた唇からは、微かに空気が漏れるだけだった。翠の口の形だけが、どうやって、と疑問を投げかける。
その意図を知ってか知らずか、中也は翠の唇を食んで、舌を滑り込ませた。以前の貪り食うようなそれではなく、明確に翠を翻弄しようとする舌先に、彼女の思考は奪われてゆく。最早、何方のものか分からない唾液を流し込まれ、飲み込むに従って、呼吸は酷く乱れた。
しかしその時を遮るように、扉の向こうが俄かに騒がしくなる。けたたましく扉を叩き中也を呼ぶ声に応えるために、長い口付けは中断された。