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【文豪ストレイドッグス】心の重力

第4章 花弁と騒動


此れまでずっと、怖い人だと思っていた。圧倒的な威圧感と桁違いの強さの所為で、近付き難いと思い込んでいたのかもしれない。印象が変わり始めたのは、比較的最近だったような気がしている。

首領のみならず、部下からも信頼が厚く評判は良い。情報網に掛かった女性の中で、中也は人気が有ると言っても過言ではなかった。翠にとっては驚くべき結果ではあったが、其れも最近では納得し掛かっている。仕事の与え方と精度には容赦ないが、中也の周囲に対する細やかな気遣いや思い遣りを、世の男性諸君に見習えと示したいくらいだ。

優しい人なのだと、此の所、頓に思う。中也の胸板に耳を押し当てて、其の心音を聴き乍ら呼吸を整えた。もう少しだけ甘えて居たかったのに、良い匂いがすると云ったら、途端に引き剥がされてしまって、残念だった。

其れなのに、彼の手は翠の頰を通り、唇を撫でて行ったから、もっと欲しいと云う願望が、俄かに顔を出す。此の思いに流されてしまえば、尾崎家の諍いも、未来の憂いも、全て忘れて仕舞えるだろうか。

「物欲しそうな顔すんな」

中也の柔らかな視線が、翠を包む。
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