第4章 花弁と騒動
尾崎の代替わりは穏やかではなく、時に死者や行方不明者を出す。翠はその混乱に乗じて、家を出たという。
「私が此処にいることを知っているのは、兄だけです。現当主である兄が動いたのなら、現段階では確実に情報不足です」
翠は首を振る。卓上に広げられた地図の下には多数の資料が散らばっていて、何時も整っている彼女の机とは思えない惨状だった。しかしながら、幾多もの可能性を吟味する為の糧としては、此れでは物足りないということか。
「先代正妻の場合なら、如何なる」
彼女が可能性のひとつとして挙げたもう一方を、中也は促した。
「若し其方であれば、問題はありません。彼等の目的は尾崎以外には有り得ませんから」
俯いた翠は、ひと呼吸ついてから、険しい顔で中也に向き直る。
「兄は…現当主は、動機が読めません。ですが、其の可能性が拭えない以上、最悪の事態は想定しておかなければ」
苛立たしげにこめかみを圧える翠の頭の上に、ふわりと中也の手が乗った。そして其の手は髪を梳くように、翠の頭上を何度も往復する。
「一寸、落ち着け。方向性は間違ってねぇが、其の顔色じゃあ話が進まねぇぞ」
中也は翠の後頭部を引き寄せて、彼女を其の腕の中にすっぽりと納めた。翠の額が中也の鎖骨に押し付けられる。