第3章 愛の在り処
「普通は、怒りますよね」
翠は独り言のように呟いた。何かに思い当たったように彼女はひとり合点して食事を続けるので、中也が片眉を上げる。
「そうだな」
若し、恋仲の女性が、自分ではない男に手篭めにされたとしたら、其の怒りの矛先はこの際置いておくとして、憤らずにはいられないだろう。一般的な例としては、間違いではないはずだ。
然し一方で、特殊な出自である翠に対し、一般論を投げかけるのは如何なものか。加えて中也自身も、此処暫くの間、一夜限りの関係を調達するだけの日々だ。欲望の吐き出し相手の動向に、態々怒ってやる義理もない。
「真面な付き合いしてねェな」
中也は自嘲する。翠の恋愛事情を気遣っておきながら、自分を蔑ろにしてしまっていることに、気付いてしまった。
「貴方が其れを云いますか?」
中也の言葉を、彼女は勘違いしているようだった。自身の身振りを嘲る心算が、主語が抜けている所為で、翠を指摘しているように聞こえてしまう。然し、其れはまるで彼女にも当て嵌まっていて、強ち間違いでもない。
「悪い、俺のことを云った心算だったが、手前も同じだったな」
翠は少し不服そうな顔で、パンを齧っていた。