第3章 愛の在り処
尾崎家は所謂、旧家であり名家と呼ばれる。その血統を守るべく、どんな手立ても厭わず、面も裏もその手で担ってきた。手口が汚かろうが、人道に反していようが、繁栄し其所に在り続けるために全てを費やすのだ。
妾腹である翠の兄が現在の筆頭たる所以も其処にあり、どの女から生まれたとしても、其れが尾崎であれば能力以外に必要なものなど無い。 そして女をどの様に見繕うかも、お家の存続が基準とされる。
一族の有能な女は党首に充てがわれる事が多く、翠も年の離れた異母兄の妾に、という話があった。それを差し置いて翠を破瓜し引き止めたのは、他でもない翠の実兄だ。結果として翠が家を出るまで、安全に過ごして居れたのも、兄の手付きであった事が一因ではある。
しかし其処に愛は有ったかと問われると、首を傾げるしかない。一族としての共同体への帰属意識によって結ばれた絆は、然し乍ら、兄妹としての血の濃さ故に、不自然な距離感を生んだ。歪な愛憎劇に終止符を打ったのは翠だが、それを引き止めなかった兄にも思う所はあったのだろう。
兄は、翠に刻まれた男の欲を見て、怒るだろうか。答えは否だ。尾崎である限り、剥き出しの感情をぶつけ合う事など、ありはしない。