第3章 愛の在り処
翠が食事を摂る為に髪を耳にかけると、向かいに座る中也は、目を細める。
「謝って済む話じゃねェが」
中也が指先で自身の首筋を示すと、翠は手で髪ごと首を押さえつけた。体温が瞬時に上がったようで熱い。
「悪かった」
翠は居た堪れず、中也から目を逸らした。
「所々、痛みますが、問題は、ありません」
跳ねる心臓を必死に押さえつけて、唾を飲む。翠は恥ずかしさに奥歯を噛んだ。冷静にならなければと、肺に目一杯の酸素を送り込もうとするが、目の前の中也が余りに穏やかな表情を見せたので、其れも失敗に終わる。
「…何です?」
苦し紛れに出た翠の声が、不服げに中也に問いかけた。
「手前、生娘か?」
「違います!」
揶揄う様な口調に、翠は意地になって言い返す。誰の所為でこんな感情を持て余していると思っているのだろう。
「男はそれを見たら怒るだろうな」
一段低くなった声と共に、今度は彼方に目を逸らされた。そして彼は、然も元からそうであったように、スープを啜る。
「そんな関係の人は、もういません」
先程と同じように、矢張り中也は翠を一目見てから、感情のない声でそうかと云った。