第3章 愛の在り処
誰かと台所に並んで立つ経験もなく、翠は戸惑う。可能な限り手際良く素材を使い回し、朝食を仕上げようと試みるが、時折感じる中也の目線が何を含むのか、考えあぐねて対応に困ってしまう。
「普段も料理は御自分でされているんですか?」
翠は中也の思考を会話に傾けようと、話題を提供した。
「しねぇよ」
予測とは真逆の回答に、翠は手を止め首を傾げる。焦げる直前でフライパンから引き上げられた目玉焼きも、それを作る為に使われた調理器具を洗う様子も、不慣れな印象はない。
「一通り人間らしい生活が出来る様には、叩き込まれたがな」
成る程と、翠は得心して、作業に戻る。普段しない物事を臆面もなく熟すとは、元来器用な人なのかも知れない。
「私は、自分の食事作りくらいしかしてきませんでしたので、誰かと台所に立つのは初めてです」
実家では料理人がいて、食事は時間通りに出されたものを食べる生活だった。家を出てから、口に合わないものは身体が受け付けず、仕方なしに自分で作る事にした。
「料理は面倒で好きではなかったんですが、ひとりではないと、意外と楽しいものですね」
マグカップにお湯を注ぎながら、中也はそうかと返事した。