第3章 愛の在り処
枕元に置いてあった鞄を引っ掴んで脱衣所に飛び込んだ翠は、洗面台の鏡を見て愕然とする。首筋から胸元に広がる歯型と痣は余りに艶めかしく、情事を彷彿させる。何も無かった、その筈だと自分に言い聞かせて、熱く火照った顔を冷水で洗い流した。
ブラウスを着込み、鏡を確認すると、差し当たり問題は無さそうに見える。何とか成りそうだとワンピースを羽織り、軽い化粧と身支度を整えると、何時もと変わらない翠の出来上がりだ。
深呼吸をして息を整える。大丈夫だ、何時も通りの表情を作れる。服と化粧は心の鎧だ。そうして武装した心は、弱々しい面差しを覆い隠してくれる。
扉を開けて出て来た翠に、中也は眉を顰めたが、直ぐに目線を手元に合わせた。
「大丈夫そうだな」
完熟の目玉焼きを皿に移し乍ら云う中也に、翠は済みませんでしたと殊勝な態度を取る。翠が台所を覗き込むと、インスタントコーヒーの粒が散らばったマグカップがふたつ並び、温まったトースターの中には食パンが準備されていた。
「サラダとスープも付けましょうか」
冷蔵庫から適当な食材を見繕って、翠は中也に並んだ。