第2章 闇を食む
「何ですか、今のは」
翠の頬を汗が伝い、顎の先から滴り落ちた。喉の奥からゼエゼエと不快な音が聞こえ、気管支が痛む。空間が歪み、酷く入り乱れてしまった感覚が全身を侵食し、自分の境目が分からなくなりそうだった。
「異能の暴走か。見た事ねえから、そうとは云い難いがな」
立っているのもやっとな翠とは対照的に、中也は涼しい顔で答える。精神までも侵食せんばかりの異変に、翠は対応出来ずにいた。
笑う膝が翠の体重を支え切れずに、頽れる。此方へと歩く中也の姿と、建物から避難していた黒服たちが様子を伺うのが見えた。入口は歪んで折れ曲り、屋根や壁は剥がれ落ちて、廃墟の様相を呈している。
立地の良い倉庫が、此の儘打ち捨てられるのも勿体無いと、修繕の資金計画が頭を巡る。同時に、取り散らかした翠の心と身体が癒えるのは、一体何時になるのだろうかと、悩ましく思う。
目の前で立ち止まった中也が、這い蹲る翠に手を伸ばす。その指先が、翠の頬から輪郭を伝い、顎を掬い上げた。無理な姿勢に、翠の喉が小さな悲鳴を上げる。
「手前、何を考えていやがる」
それは此方の台詞ですよという抗議は、心と脳を行ったり来たりするだけで、言葉にはならなかった。
この人は私を、どうするつもりなのだろう。
そう思い乍ら、翠は意識を手放した。